研究紹介(シミュレーションチーム)
リアルタイム津波浸水・被害予測に関する研究
リアルタイム地震情報とスーパーコンピュータの利用により,地震発生後20分以内に津波浸水被害予測・配信を行う技術の開発に産学連携で取り組んでいます.「トリプル10(テン)チャレンジプロジェクト」と称して,10分以内の津波発生予測,10分以内の浸水被害予測を10メートルメッシュで行うという技術的な課題に挑戦して,世界初のスーパーコンピュータによるリアルタイム津波浸水・被害予測システムを開発して実用化しました.この成果は,本学理学研究科地震・噴火予知研究観測センターの日野亮太教授,太田雄策准教授,サイバーサイエンスセンターの小林広明教授との共同研究,およびNEC,国際航業株式会社等との産学連携研究により達成することができました.この成果が認められて,ジャパン・レジリエンス・アワード2016優秀賞,H28年度総務省東北総合通信局長表彰を受賞しました.
大規模・高分解能数値シミュレーションの連携とデータ同化による革新的地震・津波減災ビッグデータ解析基盤の創出
JST CREST(科学的発見・社会的課題解決に向けた各分野のビッグデータ利活用推進のための次世代アプリケーション技術の創出・高度化)の領域に採択され,2015年からプロジェクトを進めています.世界最先端の災害シミュレーション,防災学,数理科学,情報科学の研究者が連携し,将来の国難となる地震・津波災害で一人でも多くの命を救うことを目標に,大規模・高分解能リアルタイム数値シミュレーションの連携とリアルタイム観測データ同化による,世界初のビッグデータ解析基盤・減災システムを創出します.これにより災害における最悪シナリオやそれを回避するための方策をリアルタイムで提示するとともに,政府・自治体等の防災システムへの実装を果たします.
大規模災害に対する都市レジリエンスの向上:災害マネージメントと社会経済分析のためのダイナミック統合モデルの開発
JST「日本-イスラエル共同研究」において,イスラエル科学技術宇宙省(MOST)と共同で「レジリエントな社会のためのICT」分野の課題として採択されました.本研究は,大規模災害評価や対応計画,被害軽減策を効果的に展開するためのシミュレーション基盤の構築を目的とします.日本側は,シミュレーションやリモートセンシングを利用した短期的な被害評価のしくみを構築し,イスラエル側は,日本側の構築するシミュレーション群,被害観測とエージェントシミュレーションの詳細な土地利用モデルを地理情報システム(GIS)上で統合してモデルを完成させます.日本とイスラエルが協働して取り組むことで、これまで存在しなかった空間的および時間的な詳細レベルでの統合的災害管理ツールが構築でき,近年活用が期待されているソーシャルビッグデータを災害現場で効果的に利用することが可能になると期待されています.
リアルタイムシミュレーションとリモートセンシングの融合による南米の津波予測高度化
近年,中南米で発生する巨大地震による津波災害が増加しており,津波発生域だけでなく日本を含む太平洋沿岸諸国に大きな影響を与えています.激甚災害に襲われた中南米諸国の被災地域の回復力向上を目標に,被害の全容を把握するためのリアルタイムコンピューティング技術とリモートセンシング技術を融合した広域被害把握技術を確立します.具体的には,中南米で発生する地震津波を対象に,南米諸国での影響評価を行う近地津波・被害予測および日本への影響評価を行う遠地津波被害予測に分け,それぞれをリアルタイムで実施するためのGISベースのシステムを開発しています.こののために,GIS上に(1)リアルタイムシミュレーションと津波被害関数による即時被害推定機能,(2)リモートセンシングによる建物被害情報の把握・更新機能という異なる評価モジュールを構築し,共通のマッピングインターフェースを用いて統合します.
建物の流出被害を反映した津波シミュレーションの構築
将来起こりうる津波被害をより正確に予測するためには,まず,人間の生活圏内において,津波がどのような挙動を示すのかを知る必要があります.しかし,家屋などの構造物が密集した市街地エリアでは,障害物となるものが多いため,津波の浸入する方向や浸水深,流速,津波力などを正確に求めることが非常に困難です. そこで,本研究室では,津波の氾濫に伴って市街地の建物が流失していく様子を再現するシミュレーション手法(時間発展型合成等価粗度モデル)を構築しました.このシミュレーションでは,津波が市街地に浸入したときに,「どの建物が流出するのか」「どのタイミングで流されるのか」「流出する棟数はどの程度か」を知ることができます.この手法により,仙台平野(名取川河口)における,2011年東北津波の建物被害を再現しました.その結果,実際の被災状況と同等の被害を推定することができたほか,発災当時に撮影された空撮映像と比較して,津波氾濫や建物破壊の様子が良好に再現できていることが確認されました. このように,市街地にて実際に起こりうる津波の挙動の変化,および建物被害の拡大を再現することで,津波が氾濫する間の浸水深・流速・津波力などの変化を,より正確に予測できるようになると期待されています.
格子ボルツマン法による次世代津波シミュレーション手法の開発
津波の数値シミュレーション手法は,計算機の飛躍的な性能の向上とともに飛躍的な発展を遂げ,津波高に関しては誤差10%以内での解析が可能になりました.実用的なシミュレーション手法は,従来の手法ですが,市街地を遡上する津波の再現など,高度な物理現象の予測には,3次元流体解析モデルによるシミュレーションが必要です.しかし,その3次元流体解析による大規模な津波のシミュレーションは,計算の負荷が大きく,スーパーコンピュータを活用した事例など,限られた計算環境下でしか実現されていないのが現状であり,高速な計算が可能であることは3次元津波シミュレーションには重要となっています.そこで本研究室では,従来津波シミュレーション手法を計算スピードの点から圧倒的に凌駕するポテンシャルを持つとされている格子ボルツマン法により,次世代の津波シミュレーション手法の開発をしています.この研究により,これまで実行すること自体が困難であった,市街地規模の大規模な3次元津波シミュレーションが容易に実行できるようになることで,海岸構造物の設計指針など,津波減災対策に関する重要な情報を,柔軟に提供することが可能となります.
緊急地震速報を用いた津波最悪シナリオ即時推定手法の構築
地震発生直後に得られる緊急地震速報を用いて,最も被害が大きくなる津波シナリオ(津波最悪シナリオ)を即時推定する手法について研究しています.東日本大震災では津波警報の過小評価によって,避難が遅れた・しなかった事例が問題となりました.そこで,速報値として「起こりうる最悪の津波」を推定することで,発災初期の不確実性を踏まえたうえでの最悪の場合を想定することができ,適切な避難行動やその円滑化が期待されます.本研究では発災後,最も早く入手可能な地震情報である緊急地震速報を用いて,多数の津波シナリオを設定,および二段階の解析から効率的に津波最悪シナリオをリアルタイムで推定する手法を構築しました.本解析手法によって,3分程度の時間で,最悪シナリオとして起こりうる最大波高を平均97%の精度で推定することができました.
研究紹介(リモートセンシングチーム)
衛星多偏波SAR画像を用いた地震建物損傷の把握に関する研究
災害が発生した際,天候に左右されることなく建物被害範囲・程度を把握する事が,迅速な救助・復旧活動につながります.合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar : SAR)は,長い電磁波波長帯(マイクロ波)センサを搭載した人工衛星であり,昼夜・天候に無関係に観測が可能であるため,SARから得られた画像の活用は近年非常に注目されています. 近年,衛星搭載型の多偏波 SAR (Polarimetric SAR : POLSAR) が利用可能になった.多偏波を利用することで従来の 単偏波データよりも詳細な観測が可能であり.本研究室では,災害後の ALOS2/PALSAR2偏波合成開口レーダ偏波画像(HH/HV)を用いた機械学習ベースの建物被害把握手法の開発を行っています.2015年ネパールの地震により,甚大な被害を受けたカトマンズ地区では,良好に建物被害を検出することができました.
L-バンド合成開口レーダ画像を用いた都市部の浸水域抽出手法の開発
2014年に打ち上げられた「だいち2号(ALOS-2)」から得られる,合成開口レーダ(SAR)画像を用いて,平成27年9月関東・東北豪雨における鬼怒川の越水・破堤被害をケーススタディとして,浸水域把握手法の高度化に取り組んでいます.都市部では,水が引いてしまうと浸水しているかどうかの判断が難しくなってしまいます.それによって,災害直後の浸水域が過小評価されてしまい,情報としての正確性が低くなってしまいます.そこでSAR画像から,浸水した住宅域や水が引いた住宅域を抽出する方法を研究しています.
他の研究テーマ
災害対応におけるマルチエージェントシミュレーションに関する研究
東日本大震災のような大規模な災害における人間の行動を,エージェントを使ってシミュレーションを行い,災害状況をコンピュータ上で再現することで,救助活動に関する課題を発見・解明することを目的としています.エージェントとは,災害時に救助活動を行う隊員を一人一人モデル化し,行動ルールを与えると,自律的に行動を決定します.また,システム全体の挙動を連携させることで,エージェントはお互いに協調行動をすることも可能であり,人間の行動を現実的に再現することができます.マルチエージェントシステムの研究は比較的新しく,発展途上の段階にあるため,具体的な適用事例を提供したいと考えています.
合成開口レーダを用いた地表物の特徴抽出手法の改善
災害発生時において被害状況を把握するために「リモートセンシング」と呼ばれる衛星や航空機を用いた観測技術が利用されます。リモートセンシングにおいては搭載されるレーダが大きいほど画像の分解能力は高くなりますが,搭載できるレーダの大きさにも限界があります. そこで,合成開口レーダ(SAR)と呼ばれる,観測時にレーダを移動させることでより大きなレーダの観測に近い結果を得る技術が用いられ,本研究でもこの技術が用いられています. 既往研究の問題点としては,画像変化を検出する明確な手法が確立されていないことです.これは,画像変化において表出する変化が多様であることに起因します.そこで,本研究ではSAR画像の変化を分類し,それぞれ異なる手法で変化を抽出することと,画像を比較し各変化における最良の変化検出手法を検討することでこの問題にアプローチしています.
浅水長波理論における格子ボルツマン法による津波の陸上遡上計算
来の津波遡上計算で用いられてきた有限差分法や,有限体積法とは違った全く新しい手法である格子ボルツマン法を用いて,浅水長波理論における津波の陸上遡上計算を行っています.格子ボルツマン法とは,気体分子運動論をアナロジーとする新しい数値流体力学手法です.流体を,規則的な格子上を移動する仮想粒子の集合体と見なし,その仮想粒子の衝突・並進の時間発展を格子ボルツマン方程式により表現し,流体の動きを計算します.格子ボルツマン法は完全に陽的な時間発展スキームであり,大規模な並列計算に向くので,計算の高速化が期待できます.また,簡便なアルゴリズムで流体の運動を記述できる,といったメリットも挙げられます.